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光の記憶を描く男—国本泰英が問う「境界」の絵画

By Emma Payne
光の記憶を描く男—国本泰英が問う「境界」の絵画
光の記憶を描く男—国本泰英が問う「境界」の絵画
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国 本 泰英が描くのは、派手な結論ではなく“曖昧さの輪郭”だ。1984年に大分県で生まれ、九州産業大学芸術学部を卒業した後、個展や集団展で歩みを積み重ねてきた。40メートルの壁画『Scene』やアクリル絵画『相撲』に通うのは、人間の群像と空間の揺らぎ、そして「記憶と実体の境目」を見つめる姿勢である。

国 本 泰英は、大分県出身の現代美術作家で、40メートル壁画『Scene』や『相撲』などを通じて、人間の群像と空間の揺らぎ、視覚的記憶と実体の境界を追う。国内外アートフェア参加に加え、九州産業大学で専任講師としても活動する。

項目 事実
氏名 国 本 泰英(Yasuhide Kunimoto)
出生 1984年・大分県
学歴 2006年 九州産業大学 芸術学部 美術学科(絵画コース)卒業
代表作 40メートルの壁画『Scene』/『相撲』を含むアクリル絵画
主なテーマ 人間の群像、空間の揺らぎ、視覚的記憶と実体の境界
活動領域 九州・東京中心の個展/集団展、国内外アートフェア、企業・公共機関のコミッション
現在の役割 九州産業大学 芸術学部で専任講師

国 本 泰英——1984年大分から、絵画へ向かった“静かな始動”

国 本 泰英の出発点は、大分県にある。1984年生まれという時間の幅は、作家の作風を直接語りはしない。けれど、九州の空気に育った感覚が、画面の温度や“距離感”に反映されていると感じる人は少なくない。

2006年、九州産業大学芸術学部美術学科(絵画コース)を卒業する。ここで重要なのは、絵画を「作品として成立させる技術」を獲得したことだけではない。絵を描く行為が、他者と共有される場へ踏み出す準備にもなった点だ。卒業後は、個展・集団展を軸に、九州と東京を中心に活動を積み重ねていく。

40メートル壁画『Scene』が示したスケールの必然

国 本 泰英の名前をアートシーンで印象づけた作品の一つが、40メートルの壁画『Scene』だ。壁画という形式は、キャンバスの“内側”からはみ出る。見る側は、作品を額縁の中で完結して受け取るのではなく、空間の一部として体験することになる。

『Scene』が“シーン”と呼ばれるのは単に巨大だからではない。作家の関心が、人間の群像と空間の揺らぎにある以上、壁という素材は理想的な装置になる。視線は壁面を横切り、距離によって見え方が変わる。記憶のように、輪郭が定まらないままに像が続く。そうした体験が、作品のテーマと結びつく。

国 本 泰英の40メートル壁画『Scene』を想起させるイメージ

『相撲』を含むアクリル絵画——“身体”が揺らぐ理由

アクリル絵画『相撲』を含むシリーズは、見た瞬間に「格闘技の情景」を連想させる。しかし国 本 泰英が追うのは、勝負の物語の再現ではない。むしろ、身体がそこにあることと、身体の像が視覚のなかで成立していくことのあいだに目を向けている。

相撲という題材は、力学が分かりやすい。ところが画面では、その力の方向や密度が一定ではなくなる。揺らぎが“現象”として立ち上がり、人物の輪郭や空間の厚みが、時間の経過のように揺れる。観客は、何が確かなのかを一度信じかけて、次の瞬間に揺り戻される。

この作家の方法は、視覚的記憶と実体の境界を探る姿勢と重なる。見ているのに、見えていないように感じる。存在しているのに、存在が固定されない。そういう矛盾を、感情ではなく“絵の構造”として扱うところに、作品の硬さがある。

群像と空間の“揺らぎ”——創作の中心にある問い

国 本 泰英の作品が繰り返し連れてくるのは、群像だ。群像は単なる人物の多さではない。関係の密度、同時性、視線の交差が生む複雑さを指す。人が複数いると、個々の輪郭は相対化される。誰かの顔がはっきりしているほど、別の誰かは曖昧になりやすい。

そこに空間の揺らぎが加わる。揺らぎは、画面上の“動き”だけではない。立体の奥行き、距離の感覚、そして「ここはどこなのか」という問いを揺らす。観客は、描かれた場所を地図のように読み取ろうとするが、その読み取りが途中で止まる。国 本 泰英は、その停止を損失ではなく、絵画が持つ時間性として扱っている。

結果として、視覚的記憶と実体の境界がテーマとして立ち上がる。記憶は、見たものを保存しながら、同時に編集もする。実体は、こちらの想像が及ばない部分を持つ。作家は、その二つのズレを、画面で“見える形”にしていく。

国内外アートフェアとコミッション——作風は“場”で鍛えられる

国 本 泰英は、国内外のアートフェアにも参加している。たとえばArte FieraArt ChicagoArt Cologneといった場では、作品は日本国内の文脈だけで完結しない。海外のキュレーターやコレクターは、同じ現代美術でも異なる言語で作品を読み替える。そこでの受け止めは、作家の次の制作判断にも影響する。

さらに重要なのが、企業や公共機関へのコミッションワークへの積極性だ。コミッションは、自由な制作と違って“依頼された条件”が増える。場所、サイズ、設置環境、公共性の要請。これらは制約に見える一方で、国 本 泰英にとっては「空間の揺らぎをどう成立させるか」を再確認する材料になる。

海外フェア参加が意味する“翻訳”の技術

アートフェアでは、作品は短い時間で判断されやすい。そのため、国 本 泰英のようにテーマが明確で、しかも画面の体験が強い作家は、見る側の理解が遅れても“感覚が先に追いつく”タイプの表現だと言える。言葉の翻訳だけでなく、視線の翻訳が起きる。

国 本 泰英が参加した国内外アートフェアを想起させるイメージ

九州産業大学での専任講師——教育が制作を変える瞬間

現在、国 本 泰英は九州産業大学芸術学部で専任講師として教育活動も行っている。作家が講師を務めることには、単なる肩書き以上の意味がある。制作の世界では、正解が“作品の外側”で評価されがちだが、教育は“制作の内側”で言語化を迫る。

学生に説明するとき、曖昧なことは曖昧なまま置けない。たとえば「揺らぎを描く」と言っても、何をどう見るのか、どこで線が揺れるのか、どの層が先に現れるのか。そうした問いを毎年、若い人に向けて組み立てることになる。

その積み重ねは、作家自身の制作にも返ってくる。国 本 泰英が追う“境界”は、教育現場のコミュニケーションにも似ている。生徒と作品、理解と誤解、表現と鑑賞の間にあるズレ。そのズレが生む学びが、制作の目を研ぎ澄ます可能性がある。

これまでの歩みを“年代”で読む——2006年卒業から現在へ

国 本 泰英の公的な年譜として分かりやすいのは、2006年の九州産業大学卒業という節目だ。その後は、個展・集団展を軸に、九州と東京を中心とした発表を重ねていく。発表の拠点が国内にあるほど、作家は制作を磨く時間を確保できる。

同時に、国内だけでは到達しない壁がある。どのように国際的な観客へ届くか。どの文脈で理解されるか。だから、海外フェア参加やコミッションが重要になる。作家の作品は、ある瞬間から「国内の一貫した体験」ではなく、「外部の視線に耐える構造」へと要求が変わる。

その変化が、壁画『Scene』のようなスケール、アクリル絵画『相撲』のような画面の張り、そして“記憶と実体の境界”という中核テーマに表れている。派手な方向転換ではない。テーマを保持したまま、表現の強度を増してきた軌跡に見える。

光と影のあいだで——国 本 泰英の作品が残す“後味”

国 本 泰英の絵画を見終えたあとに残るのは、説明しやすい感想ではないことが多い。むしろ、見たはずなのに輪郭が固定されない感覚、同じ場所をもう一度見に行きたくなる欲求。その感覚は、作家が描いている境界と一致する。

群像は人間の数だけでなく、関係の数だ。空間の揺らぎは、距離の感覚と時間の感覚を同時に揺らす。視覚的記憶と実体の境界は、私たちが日常で信じている“見えている”という前提を静かに揺らす。国 本 泰英は、その揺れを否定しない。画面に固定せず、体験として置いていく。

だからこそ、作品は単発で終わらない。壁画の連続した視線、アクリル絵画の表面の密度、そして教育の場での言語化。これらが別々に見えても、同じ問い——“どこまでが確かなのか”——に結びついている。光が当たる場所と、当たらない場所の差。その境目に立つような感覚が、国 本 泰英の絵の核心だ。

Frequently Asked Questions

  • 国 本 泰英はどこ出身ですか?
    1984年に大分県で生まれたことが知られています。
  • 学歴は?
    2006年に九州産業大学芸術学部美術学科(絵画コース)を卒業しています。
  • 代表作には何がありますか?
    40メートルの壁画『Scene』や、『相撲』を含むアクリル絵画などが挙げられます。
  • 作品のテーマは何ですか?
    人間の群像と空間の揺らぎ、視覚的記憶と実体の境界を探る姿勢が特徴とされています。
  • 現在の活動は?
    九州産業大学芸術学部で専任講師として教育活動も行っています。